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東京高等裁判所 昭和59年(う)1484号 判決

国籍 大韓民国

住居 《省略》

団体役員 韓宗碩こと

韓宗錫

一九二八年八月一九日生

右の者に対する外国人登録法違反被告事件について、昭和五九年八月二九日東京地方裁判所が言い渡した判決に対し、弁護人から控訴の申立があったので、当裁判所は、検察官三ッ木健益出席のうえ審理し、次のとおり判決する。

主文

本件控訴を棄却する。

理由

本件控訴の趣意は、弁護人新美隆、同虎頭昭夫、同渡辺務が連名で提出した控訴趣意書、同補充書に、これに対する答弁は、検察官三ッ木健益提出の答弁書、補充答弁書にそれぞれ記載してあるとおりであるから、これらをここに引用する。

第一控訴趣意のうち、法令適用の誤りの主張について

一  所論の要旨

所論は、要するに、昭和五七年法律第七五号による改正前の外国人登録法一四条一項、一八条一項八号は、憲法一三条、一四条、三一条、市民的及び政治的権利に関する国際規約二条、七条、二六条に違反し無効であるのに、これを原判示所為に適用した原判決には判決に影響を及ぼすことが明らかな法令適用の誤りがある、というのである。

以下、昭和五七年法律第七五号による改正前の外国人登録法を「外登法」と、外登法が一四条において指紋押なつ義務を定め、一八条一項八号において一四条の規定に違反して指紋の押なつをせず、又はこれを妨げた者に対する罰則を定めている制度を「指紋押なつ制度」と、市民的及び政治的権利に関する国際規約(昭和五四年八月四日公布条約第七号)を「国際人権規約B規約」と、経済的、社会的及び文化的権利に関する国際規約(昭和五四年八月四日公布条約第六号)を「国際人権規約A規約」という。

所論が前記法律の条項が無効であると主張する論拠として挙げる主張の要旨は、次のとおりである。

1  憲法一三条、国際人権規約B規約七条違反

(一) みだりに指紋押なつを強制されない権利

(1) 人は指紋押なつを強制されると犯罪者扱いされたと感じ大きな不快感、屈辱感を覚えるものであることからして、国民は、個人の尊厳の尊重を規定する憲法一三条によって私生活上の権利としてみだりに指紋の押なつを強制されない権利を保障されており、しかも、この権利は、外国人に対しても保障されていると解すべきである。

(2) 指紋は、個人を識別する手段として対照資料があれば足り他の資料を必要としないものであって個人に関する情報の中で最も価値の高いものであることからして、国民は、憲法一三条によって自己に関する情報を自らコントロールすることのできるプライバシーの権利の一内容としてみだりに指紋押なつを強制されない権利を保障されており、しかも、この権利は外国人に対しても保障されていると解すべきである。

(3) みだりに指紋押なつを強制されない権利は、以上のように個人の尊厳にかかる人格権であり、また、民主主義の根幹をなすプライバシーの権利であるから、厳格な司法審査がなされなければならない精神的自由権の一つないしこれに準ずるものである。したがって、外登法の指紋押なつ制度の合憲性を審査するにあたっては、この制度の制定当時の社会状況を把握したうえでこの制度制定の真の目的、意図がいかなるものであったか、この制度が目的達成のために必要な最少限度の人権の制限であって他に選びうるより制限的でない手段がないか、この制度が現実の運用の実態において、外登法所定の目的を達成するためにどれだけ寄与しているか、同法所定の目的以外の目的のために利用されていないか、の各点について慎重かつ厳密に審理し、検討しなければならない。

(二) 指紋押なつ制度の目的の不当性

外国人登録制度を設けた実際の目的は、外登法一条にいう「本邦に在留する外国人の居住関係及び身分関係を明確ならしめ、もって在留外国人の公正な管理に資すること」にあったのではなく主として在日朝鮮人の運動の取締りに資することにあったのであって、不当であり、したがって、外国人登録制度の一環をなして、もっぱら在日朝鮮人の治安管理、取締りに資する指紋押なつ制度の目的は当然に不当である。

(三) 指紋押なつ制度の必要性、合理性の欠如

(1) 指紋押なつ制度導入の不要性、不当性

法務省は、指紋押なつ制度は終戦直後の混乱した時代に不正登録が横行したため、これに対処する手段として導入されたものであり、この導入により不正登録が減少するなどの成果を挙げた旨を説明している。しかし、不正登録が多かったのは食糧事情が極めて悪化しており、しかも登録証明書と食糧の配給が結びついていたことから生活を守るためやむをえない手段であったのであって、これら不正登録は、いわゆる米穀通帳との照合、一斉切替制度及び居住地変更登録制度の導入等によって指紋押なつ制度実施前にほとんど淘汰されており、同制度を不正登録等に対処する手段として導入する必要はなく、また、指紋押なつ制度の導入が不正登録の減少に役立った事実はなく、法務省の説明は根拠に欠ける。

(2) 指紋押なつ制度維持の合理性、必要性の欠如

原判決が指紋押なつ制度に合理性、必要性があるとする唯一の根拠は、法務省回答書である。しかし、指紋押なつ制度を現在維持するのに十分な合理的な理由及び実質的な必要性がないことは、後記(イ)、(ロ)のごとき今日の時代的状況、(ハ)ないし(ホ)のごとき指紋押なつ制度の運用の実態から明らかである。

(イ) 物資があふれている今日では生きていくうえで不可欠な食糧を入手するために不正登録をする状況はなく、不正登録に対処するために指紋押なつ制度を維持する必要はない。

(ロ) 各国間の経済交流、文化交流の拡大が目覚しい今日の時代的状況を背景としていわゆる内外人平等の原則が世界の潮流になっており、外国人敵視思想に基づく指紋押なつ制度の早急な撤廃が望まれている。

(ハ) 登録証明書の切替交付等の申請の場合に、市区町村の担当窓口の係員は、同一人性の確認を写真及び登録事項の照合によって行っているのであって指紋の照合をしてはおらず、また、指紋を識別する能力を有してもいないし、法務省は、指紋係に二名しか配置しておらず、大量の指紋の照合を行う態勢にはなく、また指紋照合の前提となる換値分類を昭和四五年で中止しており、更に、昭和四九年には通達を出して指紋原紙の送付を受けないこととしたのであって、法務省においても指紋照合による同一人性の確認は行われておらず、そのことによって何ら不都合は生じていない。

このことは、指紋押なつ制度が目的達成のために必要な手段として人権に対する最小限の規制であるとはいえないことを明らかにしている。

(ニ) 市区町村の保管する登録原票の指紋は、制度上これを捜査機関が利用するのを妨げる手だては何ら講じられておらず、警察官は、刑訴法一九七条二項に基づく公務所照会手続によって報告を求めるだけではなく、担当窓口で自由に登録原票の指紋を閲覧、複写、写真撮影するなどしているのであって、登録原票の指紋が本来の目的ではない外国人の動向調査のためにのみ利用されていることが明らかである。

(ホ) 指紋は、同一人性の確認の手段として、国民については、被疑者として逮捕された場合を除いて、使われていないのであるから、外国人についてこれを使わなければならない必要性は全くない。

法務省は、外国人は国民に比べてわが国への密着度が少ないので国民と異なる取扱いをする合理性がある旨を説明している。

しかし、外登法上指紋押なつを強制されるのは、わが国に一年以上在留する者であり、少なくとも一年間はわが国で生活していた痕跡を有する者である。そして、その実態を考えるならば、これらの人々の大部分が在日韓国人・朝鮮人であり、しかも現在その大多数をわが国で生れた者が占めている状況になっており、これらの人々がわが国で生活してきたという社会的事実は国民と全く変らず、わが国への密着度において差異はない。

法務省の右説明に合理性のないことは、どこの国においても外国人を管理するために何らかの外国人登録制度を有しているにもかかわらず、必ずしも指紋押なつ制度を採用していないことを考えれば明白である。

(四) 結論

以上のとおり指紋押なつ制度は、その目的が不当であり、かつ、十分な合理的な理由も実質的な必要性もないのに外国人の人権をはなはだしく侵害するものであるから、この制度を設けている外登法一四条一項、一八条一項八号の各規定は、みだりに指紋押なつを強制されない権利を保障する憲法一三条及び「品位を傷つける取扱い」を禁止する国際人権規約B規約七条に違反する。

2  憲法一四条、国際人権規約B規約二条、二六条違反

国民について居住関係及び身分関係を明確にすることを目的とする住民基本台帳法及び戸籍法が指紋押なつ制度を採用していないのに、外国人について同じ目的を有する外登法はこれを採用し、外国人についてのみみだりに指紋押なつを強制しているが、国民と外国人とをこのように差別して取扱うことを正当化する理由はそもそも存在しない。

特に、被告人の場合、戦前に日本に渡航し、日本で学業を終え、結婚し、子をもうけ、仕事をし、日本人と全く変らない生活をしているのであって、日本の社会への密着性が国民と変らない定住外国人なのであるから、被告人に対し、国籍が日本国籍ではないということで指紋押なつを強制しなければならない理由はない。

以上のように、国民と差別して外国人とりわけ定住外国人に指紋押なつ義務を課し、その違反に刑罰の制裁を加えることを正当化する理由はないから、外登法一四条一項、一八条一項八号の各規定は、法の下の平等を保障する憲法一四条及び法律の前の平等を保障する国際人権規約B規約二条、二六条に違反する。

3  憲法三一条違反

指紋押なつ制度には前記1(三)のとおり必要性も合理性もないのであるから指紋の不押なつを処罰すべき実質的必要性も根拠もなく、戸籍法及び住民基本台帳法がそもそも指紋押なつ義務を規定していないことからして外登法の指紋押なつ義務違反の違法性は極めて小さいことが明らかであり、かつ、戸籍法及び住民基本台帳法が各種の義務違反に対して規定している制裁が過料という行政罰であるから、外登法の指紋不押なつ罪の懲役または罰金という刑罰は均衡を失している。したがって、いずれの理由からしても、外登法一八条一項八号の指紋不押なつ罪の規定は憲法三一条に違反する。

二  当裁判所の判断

そこで、所論にかんがみ、記録を精査し、当審における事実取調べの結果を加え、更に弁論において援用された資料をも検討し、外登法一四条一項、一八条一項八号が憲法一三条、一四条、三一条、国際人権規約B規約七条、二六条に違反しないとしてこれを原判示所為に適用した原判決の当否について、順次判断する。

1  憲法一三条、国際人権規約B規約七条違反の主張について

(一) 憲法一三条によるみだりに指紋押なつを強制されない自由の保障

憲法一三条は、「すべて国民は、個人として尊重される。生命、自由及び幸福追求に対する国民の権利については、公共の福祉に反しない限り、立法その他の国政の上で、最大の尊重を必要とする。」と規定しているのであって、これは、国民の私生活上の自由が、国家権力の行使に対しても保護されるべきことを規定しているものということができる(最高裁判所昭和四四年一二月二四日大法廷判決・刑集二三巻一二号一六二五頁参照)。ところで、指紋は万人不同、終生不変の身体的特徴であって個人を識別するうえで最も確実な手段となりうるものであるから、その情報は本来各個人の自由な管理にゆだねられるべきものであること及びその特性のゆえに犯罪捜査上重要な役割りを果してきた指紋の押なつを強制されると犯罪者扱いをされたような不快感、屈辱感を覚えることを併せて考えると、人は、個人の尊重の理念に基づく個人の私生活上の自由の一つとして、その承諾なしにみだりに指紋押なつを強制されない自由を有するものというべきである。これをプライバシーの権利と称するかどうかは別として、国家権力が、正当な理由もないのに、指紋の押なつを強制することは、憲法一三条の趣旨に反し、許されないものといわなければならない。そうして、憲法第三章の諸規定による基本的人権の保障は、権利の性質上日本国民のみをその対象としていると解されるものを除き、わが国に在留する外国人に対しても等しく及ぶものと解すべきである(最高裁判所昭和五三年一〇月四日大法廷判決・民集三二巻七号一二二三頁参照)から、憲法一三条によるみだりに指紋の押なつを強制されない自由の保障も、わが国に在留する外国人に及ぶものと解するのが、相当である。しかしながら、個人の有する右自由も、国家権力の行使から無制限に保護されるわけではなく、公共の福祉のために必要がある場合には相当の制限を受けることは憲法一三条の規定に照らし明らかである。

そこで、わが国に在留する外国人に指紋の押なつ義務を課し、その違反に刑罰の制裁を加えることとしている外登法の規定する指紋押なつ制度が憲法一三条に違反するか否かについて考察しなければならない。

思うに、指紋は前記のように万人不同、終生不変の身体的特徴であって個人を識別するうえで最も確実な手段となりうるものであるから、その情報は本来各人の自由な管理にゆだねられるべきものであり、また、人はみだりに指紋押なつを強制されると犯罪者扱いをされたような不快感、屈辱感を覚えるのが一般であるといわなければならないのであるが、他方、指紋は、通常衣服に覆われていない部位である指先の体表の紋様であって人目に触れうるものであり、指紋の形状は人の内部の身体的及び精神的構造・機能とは結びついておらず、このような指紋を知られることそれ自体によって人が私生活の自由の一内容として秘密にしておきたい内部の身体的及び精神的構造・機能、さらには私生活のあり方、人格、思想・信条等が知られるものではなく、また、わが国の社会においては伝統的に文書作成の際署名のみでは足りるとせずに印鑑押なつを必要としており、印鑑が手元にないときは、犯罪と何らかかわりのない日常生活上の場面においても当然のこととして拇印の押なつを求め、別段怪しむことなくこれに応じるのが通例であり、これらをも併せて考えると、国家が指紋を採取、保有及び使用するのは、それが正当な行政目的を達成するために必要かつ合理的である限り、憲法の許容するところであるといわなければならない。言い換えると、指紋押なつ制度の合憲性を審査するにあたっては、同制度が正当な行政目的を達成するために必要かつ合理的であるか否かを審査することが必要であり、かつ、それをもって足りるというべきである(最高裁判所昭和五六年一一月二六日第一小法廷判決・刑集三五巻八号八九六頁、同裁判所昭和五七年三月三〇日第三小法廷判決・刑集三六巻三号四七八頁参照)。裁判所は、この審査にあたり、立法府(法律の立案に関与する行政府を含む。)が法律を制定し、維持するについて基礎としている立法事実は、それが健全な社会通念に照らして相当な合理的根拠があると考えられる場合にはこれを考慮に入れるべきである。

以上によれば、みだりに指紋押なつを強制されない自由が所論のいうような精神的自由権の一つないしこれに準ずるものであることを前提として指紋押なつ制度の合憲性の審査が前示のようなものでは足りない旨をいう所論は、採用することができない。

(二) 指紋押なつ制度を設ける外登法一四条一項、一八条一項八号の各規定と憲法一三条、国際人権規約B規約七条

(1) 指紋押なつ制度の概要

外登法は外国人登録制度を設けており、本邦に在留する外国人は登録申請の義務及び三年(現行法では五年)ごとの確認(いわゆる切替)申請の義務を負う(三条、一一条)が、その申請の際、一四歳(現行法では一六歳)以上で一年以上わが国に在留することとなる者は、写真を提出するほかに、登録原票、登録証明書及び指紋原紙に指紋を押なつする義務を負い(一四条)、指紋押なつ義務に違反した者は一年以下の懲役若しくは禁錮又は三万円(現行法では二〇万円)以下の罰金に処せられ、懲役又は禁錮及び罰金を併科されることがある(一八条一項八号、二項)。押なつすべき指紋は一指(原則として左手示指)の回転指紋(現行制度では平面指紋)である(外国人登録法の指紋に関する政令(昭和三〇年政令第二六号)二条、四条)。

(2) 指紋押なつ制度の行政目的の正当性

わが国は、在留する外国人とわが国、国民及び他の外国人との間に生じる権利義務など様々な関係を処理し、在留する外国人のためにも種々の施策を講じる等、在留外国人の管理をしなくてはならないことはもとよりであって、その公正な管理の前提として、わが国が在留するすべての外国人についてその個別性、在留資格及び居住地等を明瞭確実に把握できることが必要であるが、外国人登録制度の目的はまさにこの前提をととのえることにあり(外登法一条)、同制度は正当な行政目的を有するというべきである。

ところで、わが国が在留する外国人を個別的に明確に把握するために個々の外国人について外国人登録を実施する以上、まず、個人を正確に特定したうえで登録し、次に、登録された特定の個人の同一人性を登録上保持し、更に、現に在留する外国人と登録上の外国人との同一人性を確認できるようになっていることが必要であるが、指紋押なつ制度はまさに右の必要性に応えることを目的としているというべきである。したがって、指紋押なつ制度の行政目的が正当なものであることは明らかである。

(8) 指紋押なつ制度の必要性、合理性

個々人を正確に特定し、同一人性を識別する手段として、万人不同、終生不変の指紋は最も優れたものであり、他に指紋のように客観的に明瞭で確実な手段は見い出し難いのであって、その必要性が認められる。たとえば、写真は、誰でもこれを一見して個人の同一性を識別できる長所を持つ反面、撮影の方法によって同一人が別人のように写ることがあり、また、顔かたちは髪型、年齢、体重等の変化にともなって変わり、逆に他人のそら似というようなこともあり、見る者の感覚に基づく総合的な判断であることに伴う不確実性を免れず、更に、貼替という不正が比較的容易に行いうるなどの短所を有する。写真をビニールコーティングするなどの方法により貼替は困難になるが、それが不可能になるわけではないし、写真による同一人性の判断の主観性、不確実性はなんら除去されるものではない。これに対し、指紋に基づく同一人性の識別は客観的で確かなものとなしうるのである。また、貼替などのような同一人性をいつわる工作をする余地は実際上ないといえる。それゆえ、同一人性の識別は写真と指紋とを併用することによって、容易に、かつ、必要な場合に専門家の鑑別を得て、確実にすることができるのであって、写真のみを用いるのと対比して、確実性において格段の差があるというべきである。また、指紋押なつ制度は、一指についてのみその表層にある指紋の押なつを、有形力をもって直接的に強制するようなことはせずに、刑罰をもって間接的に強制しているのに過ぎないのであって、手段として相当なものであるというべきである。したがって、指紋押なつ制度は目的を達するための手段として必要であり合理的であることが明らかである。

(4) 所論の指摘する点についての補足的説明

右(2)、(3)のとおり、指紋押なつ制度は正当な行政目的を達するために必要かつ合理的なものであるというべきであるが、所論が指摘する点について個別的に補足的説明を加えておくことにする。

① 所論1(二)(指紋押なつ制度の目的の不当性)について

しかしながら、記録を精査しても、在日朝鮮人に限らず本邦に在留するすべての外国人に適用される外国人登録制度を設けた実際の目的が外登法一条にいう「在留外国人の公正な管理に資すること」にあったのではなくて、主として在日朝鮮人の運動の取締りに資することにあったこと及びその一環をなす指紋押なつ制度の目的がもっぱら在日朝鮮人の治安管理、取締りに資することにあったことをうかがわせるに足りる状況は認められない。所論は採用することができない。

② 所論1(三)(1)(指紋押なつ制度導入の不要性、不当性)について

なるほど、登録証明書の一斉切替制度等の導入後指紋押なつ制度の制定、施行前に登録人口が大量に減少しており、これは不正登録が大量に減少したことによると考えられるが、しかしながら、それによって不正登録、登録証明書の不正使用者が皆無になったわけではなく、それ以後も指紋の照合によって不正登録等が確認された事例も報告されており、また、指紋押なつ制度により不正登録が摘発されるのをおそれてその施行前に不正登録等を断念した者も多くいると考えられるのである。

現在、外国人登録制度は、写真と指紋とを併用して同一人性の識別に資することをはかっているのであるが、指紋押なつ制度は、外国人登録令(昭和二二年勅令第二〇七号。以下、「外登令」という。)には設けられておらず、外国人登録法(昭和二七年法律第一二五号)によって設けられ、昭和三〇年四月二七日施行されたものである。外国人登録事務の主管行政庁である法務省の入国管理局長は、外登令のもとでは、登録にあたっての人物の特定や登録証明書切替等にあたっての同一人性確認の手段を写真等にのみ依存していた結果、二重登録等の不正登録が続出し、多数の不正登録証明書が流通するような事態が生じていたので、不正登録等を防止し、多数の在留外国人に対するより公正な管理を実現するために指紋押なつ制度を導入したものである旨を説明している。記録によれば、外登令のもとで二重登録等の不正登録が続出し、多数の不正登録証明書が流通していたこと、このことが可能であったのは登録の際の個人の特定や登録証明書の切替等の際の同一人性の確認の手段を写真等にのみ依存していたことによること、同一人性の識別の手段として指紋が客観的で確かなものであることは前記のとおりであって、指紋押なつ制度を用いることによって二重登録等の不正登録及び他人の登録証明書の不正使用を防止することができること(不法入国者が他人の登録証明書を不正に入手して変造利用した事実が発覚した事例を昭和五五年から昭和五九年までの五年間についてみるとその総数が合計一三五件あり、そのうち一二五件は指紋押なつ制度実施以前に登録証明書を不正に入手したものであり、その余の一〇件は同制度実施以後にこれを入手したものであるがすべて同制度のもとでも指紋押なつを必要としない年少者の登録証明書を不正に入手して年少者に所持させたものである。同制度実施後指紋押なつが必要な外国人の登録証明書を不正に入手してこれを利用した事例は全く摘発されていない。)、指紋のように客観的で確実な同一人性識別の手段は他に見い出し難いことなどの諸事情が認められることに照らし、右説明は首肯することができる。その他、所論にかんがみ、証拠を精査しても、不正登録等に対処する手段として同制度を導入する必要がなかったこと、同制度が不正登録等の防止、減少に役立たなかったことをうかがわせるに足りる事情は認められない。所論は採用することができない。

③ 所論1(三)(2)(指紋押なつ制度維持の合理性、必要性の欠如)について

所論が指紋押なつ制度を現在維持するのに十分合理的な理由及び実質的な必要性がない根拠として指摘する事由について、記録に基づいて検討した結果を左に説明することにする。

(イ) 所論(イ)(不正登録をする状況はない)について

なるほど、今日では終戦直後とは異なって食糧を入手するために不正登録をする状況はないことが認められる。しかしながら、わが国に在留する外国人の公正な管理をするには、わが国に在留する資格のあるすべての外国人について各個人毎に一箇の登録をして登録証明書を交付するとともに、その資格のない者がその資格のある者として登録されたり、登録証明書を入手したりすることのないようにする必要があるところ、一旦在留許可を受けた外国人の中にも強制退去該当事由の発生、破産宣告あるいは犯罪関与などの場合に自己の同一人性をくらまして他人になりすましたりする利益を有する者が存在するのを否定することはできないし、また、今日不法に入国しあるいは不法に残留する外国人は年間数千人を数えており、これらの者がわが国に長期に滞在するには外国人登録をしあるいは登録証明書を入手しないと生活に種々の不便が生じるので、不正に外国人登録原票に記載される事態を惹き起こしたり、他人の登録証明書を入手しようとすることは十分ありうるのであり、そうして、不法入国者あるいは不法残留者が不正登録等をすれば、在留外国人の公正な管理に支障を来たすことが明らかである以上、現在でもこれらの者に対処するために指紋押なつ制度を維持する必要性があるから、所論のように現在指紋押なつ制度を維持する必要が消滅したということはできない。

なお、所論中に、不法入国者の取締りは入国の段階で対処すべき入国管理の問題であって、外国人登録とは全く別の問題であり、また、不法入国者の数はわが国に正規に在留する外国人の数に比べて全く微々たるものであるから、これに対処することは、わが国に在留する外国人に指紋押なつを強制する根拠とはなりえない旨をいう点がある。なるほど、不法入国者の取締りは入国管理の問題である。すなわち、国際慣習法上、国家は、外国人を受け入れる義務を負うものではなく、特別の条約がない限り、これを自国内に受け入れるかどうか、また、これを受け入れた場合にどのような条件を付するかを自由に決定することができるものとされており、したがって、憲法上、外国人は、わが国に入国する自由を保障されているものではないことはもちろん、在留の権利を保障されているものでもないと解すべきであるから(最高裁判所昭和三二年六月一九日大法廷判決・刑集一一巻六号一六六三頁、同裁判所昭和五三年一〇月四日大法廷判決・民集三二巻七号一二二三頁参照)、わが国は、個々の外国人の入国及び在留の許否を決定し、かつ、その許可をしていないものが国内にまぎれこむようなことがないようにすべきであることは当然であり、現に、出入国管理及び難民認定法(昭和二六年政令第三一九号。昭和二七年法律第一二六号により同年四月二八日以後法律としての効力を有する。)を制定して外国人の出入国及び在留を管理することとしているのである。そうして、外国人登録制度は本邦に出入国する者の出入国それ自体の公正な管理を目的とするものではないけれども(最高裁判所昭和三一年一二月二六日大法廷判決・刑集一〇巻一二号一七六九頁、同裁判所昭和五六年一一月二六日第一小法廷判決・刑集三五巻八号八九六頁、同裁判所昭和五七年三月三〇日第三小法廷判決・刑集三六巻三号四七八頁参照)、前記のとおり不法入国者が不正登録等をすれば在留外国人の公正な管理に支障を来たすことが明らかである以上、外国人登録制度を不法入国者の不正登録等を防止することができるようにするのも外国人登録制度自体の問題であり、また、不法入国者も入国の不法性にかかわりなくわが国に在留する外国人の一人であるという面でわが国に在留する外国人の個々人を特定して把握する外登法の問題であって(前記最高裁判所昭和五六年一一月二六日第一小法廷判決、同裁判所昭和五七年三月三〇日第三小法廷判決参照)、所論はすでにこの点において失当であり、採用することができない。のみならず、前記のとおり年間数千人に及ぶ不法入国者あるいは不法残留者が存在することは、在留外国人全体の公正な管理という観点からして、決して無視できる微々たるものであるということはできないのである。更に、外国人登録制度が、外国人の居住関係及び身分関係を明確ならしめることによって、現にわが国に在留している外国人の公正な管理に資する目的に直接的に寄与することはもとより、外国人登録制度が指紋押なつ制度を備えるなど確固としていることにより不法入国者が発見しやすくなり、また、これが周知徹底することによって不法入国を思い止まる者が多くなって、外国人の出入国の管理にも寄与することは何ら差支えがないのであり、そして、それがまたひるがえって在留外国人の管理に寄与するということにもなるのである。ちなみに、外登令(昭和二二年五月二日勅令第二〇七号)は外国人の出入国管理制度と外国人登録制度の双方を規定していたのであり、その内容は平和条約の発効(昭和二七年四月二八日)の前後に出入国管理令(昭和二六年一〇月四日政令第三一九号、同年一一月一日施行。昭和二七年四月二八日法律第一二六号により昭和二七年四月二八日以後法律としての効力を有する。現在の出入国管理及び難民認定法)と外国人登録法(昭和二七年四月二八日法律第一二五号、同日施行)とに分れたのであるが、これは、外国人の出入国を直接規制する前者を法務省が直接所管し、外国人の在留の状態を把握する後者を国の機関委任事務として市区町村で事務を管理し執行する等の技術的な理由によるものであって、両者相俟って広い意味での在留外国人の公正な管理を図り、これに資するということに変更を加えるものではないことが明らかである。

所論は、採用することができない。

(ロ) 所論(ロ)(内外人平等の原則)について

なるほど各国間の経済交流、文化交流が拡大しており、内外人平等の方向に進んでいることが認められ、一方に指紋押なつ制度の撤廃を求める声があることはたしかである。そうして、このような状況を踏まえて、わが国でも、昭和三三年二月二六日法律第三号による外登法一四条の改正によって、現行法一四条二項が追加され、一年未満の在留期間を決定され、その期間内にある者については指紋の押なつ義務が発生しないこととし、もって、対外的な経済、文化の交流の促進を図るうえで、人的交流の制約を少なくしようとしているのである。しかしながら、内外人の平等の原則から直ちに指紋押なつ制度が是認できなくなるものでないことは後記のとおりであり、記録を精査しても指紋押なつ制度が外国人敵視思想に基づくとは認められないし、所論指摘の点が直ちに指紋押なつ制度の必要性及び合理性を失わせるものとはいえない。所論は採用することができない。

(ハ) 所論(ハ)(指紋を同一人性の確認のために使用していない)について

なるほど、記録によれば、登録証明書の切替交付等の申請の場合に、市区町村の担当窓口の係員の中には同一人性の確認にあたって写真及び登録事項の照合等のみを行い、指紋の照合をしていない者がかなりいることがうかがわれ、また、法務省入国管理局登録課指紋係には現在係長一名、係官一名の計二名が配置されているのみであり、市区町村の窓口の係員はもちろん法務省入国管理局登録課指紋係の係官も指紋について専門的鑑識の知識経験を備えているとは認められず、昭和四五年には指紋の換値分類が中止され、昭和四九年には切替交付申請の場合に指紋原紙に対する指紋押なつ義務が免除され切替交付申請の際に押なつされた指紋を法務省において登録後直ちに従前の登録申請の際に原紙に押なつされた指紋と対比照合することができなくなったこと(もっとも、昭和五七年一〇月から、指紋原紙の作成、送付を再開している。)などの諸事実が認められる。しかしながら、また、記録によれば、写真の前記特性に照らして、写真のみでは同一人性の判断に苦しむ場合が相当ありうるのであるから、写真に加えて指紋を対比照合することによって写真のみによるより同一人性の判断の確実度は一段と高まるのであり、写真及び指紋の対比によって同一人性の確信が持てた場合は同一人性を確認して登録証明書を交付する等し、それでも確信が持てない場合には専門的な鑑識によって同一人性の有無を最終的に確認することとしている制度には、十分合理性があると考えられるところ、外国人登録における指紋の押なつは鮮明になされるべきものとされており、現にそうなされていること、現場に残された不鮮明な指紋と同一人のものを保管している大量の指紋の中から探し出すことは専門的な知識経験を必要とする困難な作業であるが、鮮明に押なつされた二箇の指紋の影像を対比して、明らかに同一指紋の影像とは認められないもの、同一指紋の影像であるか疑問なもの、おおよそ同一指紋の影像といえるものの判別は、専門的な知識経験がなくても比較的容易にできること、法務省は市区町村の係員に対し指紋による同一人性の確認を励行するように指導していること、法務省における同一人性の確認は、市区町村における確認の再確認であって、必ずしも即座にすべての登録について指紋の照合をしなければならないものではなく、その重要な職責は具体的に疑問が生じた場合に同一人性を確定するために専門的鑑識に回す必要があるか否かを判定することにあるが、その態勢はできていること、換値分類は、同一人が複数の登録をしている二重登録を発見するのに有効であるが、一箇の登録について押なつされた複数の指紋の同一人性の確認には不必要であり、昭和四五年に法務省において指紋の換値分類を中止したのはそれまでに二重登録が激減したからであって、その中止によって同一の登録における指紋の同一人性の確認には何ら支障が生じないことなどの諸事実が認められ、これらによれば前記の外国人登録における同一人性を最終的には指紋によって確定する制度が機能していることが明らかである。したがって、指紋が法務省においても同一人性の確認のために用いられていないことを前提とする所論はすでに前提において失当であり、採用することができない。

(ニ) 所論(ニ)(指紋の捜査機関による利用)について

しかしながら、記録によれば、一〇指のうちのいずれかの遺留指紋と同一の指紋を膨大な数の集積指紋の中から探し出すのは、一〇指についての集積指紋を換値分類している場合でなければ現実的には不可能なことであるが、外登法の指紋押なつ制度は一指のみを登録しており、しかも、現在その換値分類をしていないのであって、捜査機関が遺留指紋をこれと照合して指紋を遺留した者を探し出すことができるようになってはいないこと、法務省は、捜査官から刑訴法一九七条二項に基づく照会があった場合でも、原則として指紋それ自体の回答には応じていないのであって、ただ登録された者であると自称する者が果して登録された者と同一人であるか否かが問題となり、あるいは二個の登録が同一人にかかるものであるか否かが問題となる等の密入国事犯、外登法事犯など指紋原紙あるいは登録原票の指紋を用いる正当な利益と必要がある場合についてのみ例外的にこれに応じることとしており、その旨を市区町村に対しても指示していること、もっとも一部市区町村において登録原票の指紋部分をも含めて照会回答に応じる等した例があることがうかがわれるが、近時それを禁ずる旨の法務省の指導が行きわたってきていることなどの諸事実が認められるのであり、かつ、指紋は外登法一条所定の行政目的達成のために用いられているといえること前記のとおりであるから、登録原票が外国人の動向調査のためにのみ利用されている旨をいう所論は採用することができない。

(ホ) 所論(ホ)(外国人のみに指紋を用いる必要性欠如)について

しかしながら、後記2のとおり、日本国民と外国人との間には基本的な地位に相違があり、また、外国人の場合、氏名、生年月日などの身分事項等が受入国にとって不分明なところが多く、かつ、一般的にいって外国人は在留期間が短く、系累も少ないなどわが国への密着度が乏しいだけに、その同一人性を確認することは容易でない旨をいう法務省の説明には健全な社会通念に照らして相当な合理的根拠があると考えられるのであるから、外国人の場合に前記のような同一人性の有無を明確に判定しうる指紋の押なつを要求する必要性及び合理性を支える事情があると認められる。

そうして、外登法上指紋押なつ義務を課せられるのは入国当初の在留期間の始期を起算点として将来にわたってわが国に一年以上在留することができる外国人であってわが国に入国後すでに一年を経過した外国人に限られるものではないのである以上(外登法一四条二項参照)、外登法上指紋押なつを要求される者はその義務を負う時点ですでに少くとも一年間はわが国で生活していてその痕跡を有する者である旨をいう所論は正確ではないが、この点はさておき、不法入国者等わが国に在留する資格のない外国人が国民になりすますのはいわゆる定住外国人になりすますのと対比してやはり格段に困難であると考えられるのであるから、いわゆる定住外国人の場合においても、わが国の社会への密着度、融合度には国民の場合とでは相当の差異があるといわなくてはならないのであって、いわゆる定住外国人はわが国への密着度において国民と差異はない旨をいう所論はあたらない。

次に、外国人登録制度を設けながら指紋押なつ制度を採用していない国があることは所論指摘のとおりであるが、このことからして法務省の右説明に合理性がないことが明白であるという所論が失当であることは、外国人登録に指紋押なつ制度を採用している国も少なからず存在することからしても既に明らかである。

所論は採用することができない。

(5) 結論

以上のとおり、わが国に在留する外国人の登録において指紋押なつ義務を負わせ、その違反に対し刑罰を科することとしてそれを間接的に強制する指紋押なつ制度は、「外国人の居住関係及び身分関係を明確ならしめ、もって在留外国人の公正な管理に資する」という正当な行政目的を達成するために必要かつ合理的な制度であるというべきであるから、これは個人の私生活上の自由の一つであるその承諾なしにみだりに指紋押なつを強制されない自由を侵害するものであるとはいえない。また、正当な行政目的のための必要性及び合理性に基づいて通常衣服に覆われていない部位にある一指の指紋の押なつを、有形力をもって直接的に強制するのではなく、刑罰をもって間接的に強制することは、人の品位を傷つける取扱いをするものではない。したがって、指紋押なつ制度を定める外登法一四条一項、一八条一項八号の各規定は、憲法一三条、国際人権規約B規約七条に違反しない。

論旨はいずれも理由がない。

2  憲法一四条、国際人権規約B規約二条、二六条違反の主張について

(一) 法の下の平等

憲法一四条一項は、「すべて国民は、法の下に平等であって、人種、信条、性別、社会的身分又は門地により、政治的、経済的又は社会的関係において、差別されない。」と規定しており、これは、国民に対し法の下の平等を保障したものであって、同項後段列挙の事項は例示的なものであるということができる(最高裁判所昭和三九年五月二七日大法廷判決・民集一八巻四号六七六頁、同裁判所昭和四八年四月四日大法廷判決・刑集二七巻三号二六五頁参照)。

そうして、法の下の平等を定めた憲法一四条の趣旨は、特段の事情の認められない限り、外国人に対しても類推されるものと解すべきである(最高裁判所昭和三九年一一月一八日大法廷判決・刑集一八巻九号五七九頁参照)。

しかしながら、各人には種々の事実関係上の差異が存するものであるから、法規の制定又はその適用の面において、右のような事実関係上の差異から生ずる不均等が各人の間にあることは免れ難いところであり、その不均等が一般社会観念上合理的な根拠に基づき必要と認められるものである場合には、これをもって憲法一四条の法の下の平等の原則に反するものとはいえない(前記最高裁判所昭和三九年一一月一八日大法廷判決等参照)。

(二) 国民と外国人との相違

国民について居住関係及び身分関係を明確にすることを目的とする住民基本台帳法及び戸籍法が指紋押なつ制度を採用していないのに、本邦に在留する外国人について居住関係及び身分関係を明確にすることを目的とする外登法がこれを採用していることは所論の指摘するとおりである。

しかしながら、国民と外国人との区別は憲法自体が認めているものである。国民は、国籍によってわが国に結びつけられ、わが国の構成要素を成す者であるが、国民でない人、すなわち外国人は、わが国の構成要素をなす者ではない。前記のように、国際慣習法上、国家は外国人を受け入れる義務を負うものではなく、特別の条約がない限り、外国人を自国内に受け入れるかどうか、また、これを受け入れる場合にいかなる条件を付するかを、当該国家が自由に決定することができるものとされているのである。すなわち、国民はわが国に居住する権利を保障されているが、他の国には日本国民を受け入れる一般的義務はないのであって他の国に居住する権利を保障されているものではなく、これに対し、外国人は、憲法上、わが国に入国し、在留する権利を保障されているものではない(最高裁判所昭和五三年一〇月四日大法廷判決・民集三二巻七号一二二三頁参照)。わが国がその主権の及ぶ者を管理するにあたり、わが国とその者との基本的な関係を確実に把握する必要があるが、国民については、戸籍に記載される資格をもつ者を国籍のある者に限り、かつ、国籍のある者すべてを戸籍に記載することとする戸籍制度を設けて、出生、死亡、婚姻などの個人の身分関係だけではなく、国家と国民との法的関係すなわち国籍関係を明確ならしめることとし、これと並んで住民に関する記録を正確かつ統一的に行う住民基本台帳制度を設けているのに対し、外国人については、外国人登録制度を設けて、外国人の居住関係及び身分関係を明確ならしめようとしているのであるが、これは前記のような国民と外国人との地位の基本的な相違に基づくものであって、もとより憲法一四条に違反するものではない(最高裁判所昭和三〇年一二月一四日大法廷判決・刑集九巻一三号二七五六頁、同裁判所昭和三四年七月二四日第二小法廷判決・刑集一三巻八号一二一二頁参照)。そうして、指紋押なつ制度を国民の場合について設けていないのに外国人の場合について設けている法規上の不均等は、前記のように国民がわが国の構成員であるのに対し外国人は、そうではなく、わが国に入国し、在留する権利を有せず、また、前記1、(二)、(4)、(ホ)のとおり一般に国民に比してわが国社会との密着性が乏しいことなどに照らし、一般社会通念上合理的な根拠に基づく必要なものであると認められる。

更に、被告人のようないわゆる定住外国人の場合においても、わが国との関係は国民の場合とは基本的に異なるものであることは前記のとおりであり、また、わが国に長期にわたり在留する者の中にもわが国の社会との密着性が国民と近い者からはるかに相違する者まで様々なものが含まれており、このうちどのような要件を備える者をいわゆる定住外国人ないし定着居住者としてその余の外国人居住者と区別し、その居住関係及び身分関係を明確にするのにどのような制度を設けるのが相当適切であるかを決するのは、広範な調査に基づき、国内の政治・経済・社会等の諸事情、国際情勢、外国関係、国際礼譲など諸般の事清を斟酌して国益保持の見地からなされるべき合目的的判断であって(最高裁判所昭和五三年一〇月四日大法廷判決・民集三二巻七号一二二三頁参照)、これは立法府の合理的な裁量に委ねられているというべきである。したがって、外登法が指紋押なつ制度をいわゆる定住外国人とその余の外国人を区別することなく外国人に一律に適用すべきものとしていることが、いわゆる定住外国人と国民とを合理的な根拠がないのに差別的に取り扱うものであるとはいえない。

所論は採用することができない。

なお、所論中に、外登法の指紋押なつ制度は、十分な合理的な理由及び実質的な必要に基づかず、みだりに指紋押なつを強制されない自由を侵害し、憲法一三条に違反するものであることを前提として、憲法一四条に違反する旨をいう点があるが、前記のとおり、外登法の指紋押なつ制度は、同法一条所定の正当な行政目的を達成するための必要かつ合理的な制度であって、外国人にも保障されているみだりに指紋押なつを強制されない自由を侵害せず、したがって、憲法一三条に違反するものではないから、所論は前提を欠き採用することができない。

(三) 結論

以上によれば、指紋押なつ制度を国民の場合について設けないで外国人の場合について設けている不均等は、一般社会観念上合理的な根拠に基づき必要と認められるのであり、また、外登法が指紋押なつ制度をいわゆる定住外国人とその余の外国人を区別することなく外国人に一律に適用すべきものとしていることがいわゆる定住外国人と国民とを合理的な根拠がないのに差別的に取り扱うものではないのであるから、これをもって法の下の平等の原則、法律の前の平等の原則に違反するものであるということはできないのである。したがって、外登法一四条一項、一八条一項八号の各規定は、憲法一四条、国際人権規約B規約二条、二六条に違反しない。

論旨はいずれも理由がない。

(四) 被告人の国籍について

なお、所論中に、被告人は日韓併合の結果帝国臣民すなわち日本国民とされた在日韓国人であり、日本国との平和条約(昭和二七年四月二八日公布条約第五号。同日発効)の発効を理由として法務省民事局長通達(昭和二七年四月一九日付民事甲第四三八号。以下、民事局長通達という。)によって一方的に日本国籍を喪失させられたが、(1) これらの者は憲法施行後も日本国籍を有する地位を与えられてきたのであって、その国籍については憲法一〇条により法律で定めなければならないのであり、(2) (イ) 世界人権宣言一五条は国籍変更、選択の自由を保障しているところ、憲法二二条二項はこの原則を確認し、国際人権規約は同宣言を法的拘束力をもって具体化し、また、この原則は確立された国際法規ないし国際慣習法的効力を有すること、(ロ) 国際人権規約A規約、同B規約共通一条は人民の自決の権利を保障しているところ、この権利は国連憲章一条、五五条、植民地独立付与宣言(一九六〇年一二月一四日第一五回国連総会採択)、友好関係原則宣言(一九七〇年一〇月二四日第二五回国連総会採択)によって確認、再確認されていることに照らし、韓国人、朝鮮人を当事者として参加させていない日本国との平和条約は民事局長通達の根拠となりえないのであるから、この国籍喪失措置は違憲、違法であって無効である旨をいう点がある。

しかしながら、民事局長通達はそれ自体国籍喪失を生ぜしめるものではなく、日本国との平和条約の解釈を示達したに止まるものであるから、民事局長通達によって国籍喪失を生ぜしめたことを前提として、憲法一〇条違反等をいう所論は前提を欠く。日本国内法上朝鮮人として法的地位をもった人は昭和二七年四月二八日日本国との平和条約の発効により日本の国籍を喪失したものと解すべきであるが、このように解しても、憲法一〇条、二二条二項に違反するものではない(最高裁判所昭和三六年四月五日大法廷判決・民集一五巻四号六五七頁、同裁判所昭和三七年一二月五日大法廷判決・刑集一六巻一二号一六六一頁、同裁判所昭和五八年一一月二五日第二小法廷判決・裁判集民事一四〇号五二七頁参照)。また、世界人権宣言(一九四八年一二月一〇日国際連合総会)は法的な拘束力を持つものではないし、所論の援用するその余の宣言、規約、憲章はいずれも、日本国との平和条約発効より後に採択され、あるいは、わが国について発効したものであるが、この点をさておくとしても、植民地独立付与宣言、友好関係原則宣言が法的拘束力を持つものでないことはもとより、国際人権規約A規約、同B規約共通一条、国際連合憲章一条、五五条の各規定は、人民の自治の原則ないし権利の尊重を国際連合加盟国又は右各規約の締結国に共通の目的ないし指導原則として抽象的に規定したにとどまるのである(最高裁判所昭和五八年一一月二五日第二小法廷判決・裁判集民事一四〇号五二七頁参照)から、これらの宣言、規約、憲章は、日本国との平和条約によって国籍喪失が発効したと解することの妨げとなるものではない。また、外登法一四条一項、一八条一項八号の各規定は、右のようにして日本の国籍を喪失したいわゆる定住外国人に適用しても、違憲、無効ではない。所論はいずれも採用することができない。

ちなみに、「多年の間日本国に居住している大韓民国国民が日本国の社会と特別な関係を有するに至っていることを考慮し、これらの大韓民国国民が日本国の社会秩序の下で安定した生活をすることができるようにすること」を直接の目的として合意された日本国に居住する大韓民国国民の法的地位及び待遇に関する日本国と大韓民国との間の協定(昭和四〇年一二月一八日公布条約第二八号)は、その五条において、「日本国で永住することを許可されている大韓民国国民は、出入国及び居住を含むすべての事項に関し、この協定で特に定める場合を除くほか、すべての外国人に同様に適用される日本国の法令の適用を受けることが確認される。」と定めているところ、同協定中に外国人登録制度に関する特別の定めはないのである。すなわち、同協定においても被告人のように多年わが国に居住する韓国人の場合も、外登法が他の外国人と平等に適用されるべきものとされているのであって、その指紋押なつ制度を特に適用しないこととはされていないのである。

3  憲法三一条違反の主張について

なるほど、外登法が指紋押なつ義務を規定しているのに対し戸籍法及び住民基本台帳法は同義務を規定していないこと及び外登法が同義務違反に対して懲役又は罰金あるいはその併科という刑罰を規定しているのに対し戸籍法及び住民基本台帳法が、日本の国籍を有しない者に関する事項等についての虚偽の届出(戸籍法一二四条)、住民基本台帳に関する調査事務に関して知り得た秘密の漏洩(住民基本台帳法四二条)、調査に当っての質問に対する不答弁、虚偽陳述等(同法四三条)などは別として、各種義務違反に対して過料という行政罰を規定しているに止まることは、所論指摘のとおりである。

しかしながら、外登法一条所定の行政目的を達するために指紋押なつ義務を課しその不押なつを処罰することとする指紋押なつ制度が必要かつ合理的であると認められること前記のとおりであるから、指紋不押なつを処罰すべき実質的な必要性と根拠があることが明らかであり、前記のとおり国民と外国人とは基本的な地位を異にし、わが国社会への密着性にも差異があるのであるから、両者を区別して取り扱うこととするには合理的な理由があり、それに基づいて国民につき戸籍法及び住民基本台帳法を、外国人につき外登法を制定して適用することとしているのであって、戸籍法及び住民基本台帳法が指紋押なつ義務を規定していないからといって外登法の指紋押なつ義務違反の違法性は極めて小さいということはできないことは明らかであり、また、規定されたそれぞれの義務の内容及びこれを課す必要性及び根拠が異なるのである以上、戸籍法及び住民基本台帳法が各種義務違反に対しておおむね行政罰である過料を規定しているからといって、外登法が指紋不押なつ罪について刑罰である懲役又は罰金あるいはその併科を規定していることがその罪との均衡あるいは戸籍法及び住民基本台帳法の規定する制裁との均衡を失しているということはできない。したがって、外登法一八条一項八号の指紋不押なつ罪の規定が憲法三一条に違反すると主張する所論は採用することができない(最高裁判所昭和三四年七月二四日第二小法廷判決・刑集一三巻八号一二一二頁参照)。

論旨は理由がない。

第二控訴趣意のうち、理由不備ないし理由齟齬の違法の主張について

所論は、要するに、原判決が指紋押なつ制度の合憲性を肯定する理由として示しているところは、重要な点で欠落しあるいは矛盾し、合理的でなく、かつ、あいまいであるから、原判決には理由を附せず、又は理由にくいちがいがある違法がある、というのである。

そこで、所論にかんがみ、記録を精査し、当審における事実取調べの結果をも加えて検討すると、原判決が指紋押なつ制度を定めている外登法一四条一項、一八条一項八号の各規定の合憲性を肯定する理由として示しているところは、法規の合憲性を肯定する理由として十分であり、かつ、その内部に理由を附していないのに同視すべき程度の重大なくいちがいを含むものではないことが明らかであるから、所論は採用することができない。(なお、所論のうちには原判決が法規の合憲性の判断にあたって証拠のない事実を基礎としている旨をいう点があるが、所論を採用することができないことは後記第三において示すとおりである。)

論旨は理由がない。

第三控訴趣意のうち、事実誤認の主張について

所論は、要するに、原判決が指紋押なつ制度の合憲性を肯定するにあたり考慮に入れた同制度の運用の実態等に関する事実についての認定は誤った証拠の評価及び立法関係者あるいは法務省当局者の単なる主張と証拠との混同に基づいているのであって、原判決には判決に影響を及ぼすことが明らかな事実の誤認がある、というのである。

そこで、記録を精査し、当審における事実取調べの結果をも加えて、検討すると、所論の実質は法律の規定の違憲性をいう法令適用の誤りの主張に帰すものであって、外登法一四条一項、一八条一項八号の各規定が憲法一三条、一四条、三一条に違反しないとした原判決の結論が正当であることは前記第一で説示したとおりであり、原判決には所論の指摘する法令適用の誤りがあるとは認められない。

なお、所論が事実誤認を指摘しているのは法律の規定の憲法適合性の前提となる立法事実に関してであるが、前記第一、二、1、(一)のとおり、裁判所は、法律の規定の司法審査にあたって、立法府(その立案に関与する行政府を含む。)が法律を制定し、あるいはこれを維持するについて基礎としている立法事実は、それが健全な社会通念に照らして相当な合理的根拠があると考えられる場合には、これを考慮に入れるべきものであるところ、外登法一四条一項、一八条一項八号を制定して指紋押なつ制度を設け、及びその細部の改正は別としてこれをその大綱において維持するについて立法府(同法の立案に関与する同法の主管行政庁である法務省の関係者を含む。)が基礎としている同制度の運用の実態に関するもの等の立法事実は健全な社会通念に照らして相当な合理的根拠があることが肯認できるから、外登法一四条一項、一八条一項八号の各規定の憲法適合性を審査する前提としてこれを考慮に入れた原判決に判決に影響を及ぼすことが明らかな事実の誤認があるとは認められない。

論旨は理由がない。

よって刑訴法三九六条により本件控訴を棄却することとし、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 内藤丈夫 裁判官 前田一昭 裁判官 本吉邦夫)

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